東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1591号 判決 1969年7月08日
控訴人・第一五九一号事件被控訴人・原告 武元忠義
訴訟代理人 吉田太郎 外一名
被控訴人・第一五九一号事件控訴人・被告 国
指定代理人 朝山崇 外八名
主文
昭和四一年(ネ)第一、五九一号事件について、
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
昭和四一年(ネ)第一、六〇六号事件について、
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
昭和四一年(ネ)第一、六〇六号事件について、
第一審原告(以下原告という)訴訟代理人は、「原判決中原告の敗訴部分を取り消す。第一審被告(以下被告という。)は原告に対し、金六億一千万円およびこれに対する昭和三二年一月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
昭和四一年(ネ)第一、五九一号事件について、
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の関係は、つぎに付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
原告訴訟代理人は、当審においてつぎのとおり付加陳述した。
一、損害額について
原告の求める本件損害賠償は、鉱業権の行使が不法行為によつて不能となつたことに対し、若しも右鉱業権が行使できたならば得られたであろう利益、すなわち鉱業権の価格の賠償を求めるものである。もつとも本件不法行為は、原告の鉱業権の行使を妨げているに止まり、当該鉱業権自体を失わせたものではないが、鉱業権は元来これを行使して地下の鉱物を所定の方法により掘採できる権利であり、右権利の行使を妨げている以上鉱業権の侵害であることは勿論である。また本件の如く、昭和二七年以降日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力および安全保障条約に基き、鉱区上に駐留軍施設を存置せしめたことに起因し、その結果採掘を不能ならしめている以上、右採掘の不能は将来長期にわたり継続されるものであり、今後近い将来再び鉱区を開発できる見込はない。従つて本件不法行為に因る損害は、鉱業権自体を滅失させた損害と同視すべきものであり、原告はホスコルド公式により右鉱業権を行使できたなら得べかりし利益の賠償を求めるものである。
二、立証<省略>
被告訴訟代理人は、当審においてつぎのとおり付加陳述した。
第一、本件飛行場の設置維持について国に損害賠償責任はない。
(一) 権利の行使としてなす行為は、その性質上、それにより他人の権利を侵害しても不法行為を構成しないが、それにはその加害行為が被害権利に対して優先する関係にあることを要し、且つ、その優先の限度でのみ不法行為を構成しないものであることはいうまでもなく、また、ある権利が他の権利に優先的関係に立つためには、当該権利がその性質ないし存立目的上当然他の権利に先立つものとして認められているときのほかは、時間的に先に成立したものなることを要するのを一般とする。
これを土地所有権と鉱業権について考えれば、この両者の間には右の性質上甲乙はつけ難く、ただ一般的に言えば、両者が競合する場合土地所有権は鉱業権より先に成立している権利である関係上、後に設定された鉱業権をもつてこれを適法に侵害することを得ないものと言うべきであるが、その場合土地所有権の効力が常に無制限に地下に及んでいてそれが鉱業権行使の妨げになるものと解するのは相当でない。この両個の権利間の調整としては、現実に行われている土地所有権に基く土地利用に実質的に影響のない地下の掘さくは鉱業権の行使として許容せられるべきであるが、ただしこの地下の掘さくが土地所有権との関係で許されるかどうかの判断は、鉱業権行使のための地下掘さくが現になされる時点を基準としてなすのが相当であると解せられる。
(イ) 土地所有権の支配は、地表だけでなく空中および地下におよび土地所有者はその所有する土地の「土地としての利用」を達するに必要な限度では、右の範囲の領域を何時にても自由かつ排他的に利用しうるものであることはいうまでもない。すなわち土地所有権に基く土地利用の型態は無制限であり、土地の用途変更は自由であるとともに、土地所有権間になんらの本質的差別のあるべき道理はないから、いかなる土地についても現在および将来における高度の利用が等しく許容ないし保障されるものであつて、その土地がたまたまある時点においていかなる利用型態に置かれているかということによつて、将来に向い格別の制約や差別を受くべきものではない。しかも土地所有権は土地と共にあるものであり、これより先に存する権利は存しないから、土地所有権は、所有権者自らの積極的又は消極的行為により負担を生ずる場合のほか、公共的理由と正当な補償なくしては、いやしくも現在及び将来におけるその行使を適法に制約されたり侵されたりすることのあるべきものではない。
かように土地所有権については原則として各種高度の潜在的土地利用性が確保されなければならないが、ただここで鉱業権に基く地下掘さくを考える場合、具体的にはその時における土地利用内容の如何により、また掘さくの深度と方法の如何によつて、その行為が当面の土地所有権の行使についてはこれをなんら妨げない事例も存在し、そしてそのような事例においては結局この両個の権利間の調整としてその土地所有権に影響を及ぼさない限度では、また、その限度に限つて、全く自由に鉱業権の行使としての掘さくを認めるべきものと考えられる。
(ロ) それについては、いま角度を変えて鉱業権を基としてこれを考えれば、鉱業権は土地所有権のように始めから存する権利ではなく、またそれは何ら「土地」を支配する権利ではない。
それは本来「鉱物」(法定鉱物)にのみ及ぶものであり、しかも何が「鉱物」であるかはその時々の法律の定めるところによるものであつて、決して土地所有権以前に「鉱物」や「鉱業権」が存するものではない。もつとも「鉱物を掘さくし及び取得する」ためには土地を掘ることが必要となるが、その故に鉱業権が設定された場合に土地について存する既往の権利が無条件ないし無償で適法に侵害できることになろう道理はなく、土地所有権を実質的に侵害することなくしては掘さくできない地中の鉱物は、たとえそれに鉱業権が設定されても、土地所有権の自主的制限が得られない限り、ついに掘さく不能な鉱物に終ること当然であるといわなければならない。
しかし、他面土地所有権の当面の行使に実質的に影響のない限度では鉱業権の自由な行使を妨げるべき理由はない。けだし土地所有権についてはその包括的権能に基づき各種の潜在的土地利用性が考慮されなければならないといつても、いつその利用がなされるか判らない状況の下においては、社会経済的に見て一方的にそれを高度に尊重して現在の鉱業権の行使による鉱物の掘さくを制約しなければならぬほどの合理的理由はなく、土地所有権に基く将来の不確定の土地利用性は鉱業権の現在の行使のために譲るべきものと考えられるからである。
ただし右のことはこれをもつて直ちに当面土地所有権の利用の及んでいない地下領域における鉱業権の抽象的優先関係を意味するものではない。鉱業権といえどもその行使がいつなされるかについて何らの保障がないことは右土地所有権の行使におけると同様であるから、その行使がいつなされるか判らない状態の下において、それを高度に尊重して土地所有権に基く土地利用をそれと牴触しうる限度で全く制約し、又は鉱業権の行使後まで停止させるがごときことは、これまた合理的といえないばかりか、かえつて、土地所有権は一般的抽象的には鉱業権より先行する権利と観念しうること既述のとおりであるから(鉱物そのものに影響を及ぼすような場合のほかは)今日の必要に基く土地所有権の行使として、将来鉱業権を行使するとすれば、そのための地下利用に影響を及ぼしうるような地下利用も鉱業権による右地下利用が現に着手されているのでない以上自由にこれをなし得るものと考えるのが相当である。
けだし、鉱業権は土地所有権になんらの予告と補償もなくして設定されるものであるから、右述のように土地所有権を害しない限度での適法な権利行使によつて既に当該地下に存在する鉱物取得のため鉱業権実施に着手し、そのための投資等をなくしたときは格別、単にそれが設定されただけのときは、そのことによつて、直ちに土地所有権に基く現在の土地利用が制限され、土地所有権者が、その損害を忍受しなければならない理由はないからである。
(ハ) 以上のように、土地所有権の十全な行使のためには、いずれ必要であると考えられるが、その当面の利用目的上は未だ実際の必要の及んでいない地下領域であつて、鉱業権の行使にいずれ必要と考えられる範囲については、この両個の権利間の調整として一方の権利の存在が他方の権利の行使を妨げるものではなくて、その範囲については、右のいずれかの権利が行使されれば、その現実の利用利益の生じた限度でその先着手の権利が他方の権利に対する関係で優先的に尊重されなければならないものと解するのが社会経済的に合理的であり、権利者間の関係としても公平であると考えられる。
(二) しかるところ、本件土地は土地所有権に基いて先に飛行場の用に供されたものであり、本件鉱業権の行使はこれに後れるものであるから、本件飛行場の設置、維持は正当であつて、それにより後日の鉱業権の行使に影響を生じてもなんら不法行為を構成すべきものではない。
(イ) 鉱業権の設定実施と飛行場の設置の日時関係
(1) 昭和四年三月五日本件第一五四八号採掘権の基本の第一一八七号採掘権設定
(2) 昭和一四年一一月一〇日本件第一五五七号関係試掘権設定
(3) 戦時中に国が本件板付飛行場敷地の基幹部を飛行場とするため買収し、飛行場建設、工事を進めた。
(4) 昭和二〇年終戦右飛行場完成
(5) 昭和二〇年一一月二九日連合国軍が右飛行場を接収して連合国軍用飛行場とした。なおジェット機の滑走路を作るために隣接地を買収して拡張工事に着手
(6) 昭和二一年二月一日射撃場敷地接収工事着手
(7) 昭和二二年一〇月三〇日光安禎太郎が第一五四八号採掘権を取得
(8) 昭和二二年一一月二八日オイル、タンク地区接収工事着手
(9) 昭和二二年一二月五日光安が事業着手届出(宝満炭鉱)
昭和二二年一二月一八日本抗施業案認可申請(〃)
(10) 昭和二三年一月一日弾薬庫敷地接収工事着手
(11) 昭和二三年三月二日本抗施業案認可(宝満炭鉱)
(12) 昭和二六年三月五日本抗施業案申請(新月隅炭鉱)
(13) 昭和二六年四月一日飛行場南隣接地接収
(14) 昭和二六年一一月給水施設用地接収
(15) 昭和二七年一〇月一日本抗施業案認可(新月隅炭鉱)
昭和二七年一〇月三〇日佐伯実が第一五五七号譲受
(16) 昭和二七年一一月二〇日飛行場付属施設完成
(17) 昭和二八年一〇月三〇日佐伯実が第一五四八号譲受
(18) 昭和二八年一一月一七日鉱業中止届(新月隅炭鉱)
(19) 昭和二九年一月一九日取下
(20) 昭和二九年二月八日昭和二七年一〇月一日付認可施業案襲用届(東福炭鉱)
(21) 昭和二九年七月一二日原告が第一五四八号および第一五五七号を譲受
(22) 昭和三〇年二月二一日本抗施業案認可申請(富士月隅炭鉱)
(23) 昭和三〇年五月九日昭和二七年一〇月一日付認可施業案の襲用届(富士月隅炭鉱)
(24) 昭和三〇年五月二六日第二抗施業案認可申請(富士月隅炭鉱)
(25) 昭和三〇年八月三一日第二抗施業案認可(富士月隅炭鉱)
(ロ) 右述のように本件鉱業権は昭和四年又は一四年に設定されながら戦時中に至るもなんら実施されていなかつたものであり、他方本件飛行場は戦時中に着工されて昭和二〇年には完成をみ、以後引続きその用に供されているものであり、かつ、附属施設の射撃場、オイル・タンク、弾薬庫等も本件鉱業権の実施(昭和二三年三月以降)以前にそれぞれその用地の接収、工事の着工がなされているものであるから、本件飛行場およびその附属施設のための土地利用は適法であつて、これにより本件鉱業権を違法に侵害したものとは云えないと考えられる。
(三) 本件飛行場の基幹部は既述のとおり戦時中に国がその土地を買収し所有権に基づいてこれを建設したものであり、飛行場本体の戦后の拡張部分およびオイル・タンクその他の飛行場附属施設は当時国がその土地を所有者から借上げ賃借権に基づいてこれを建設したものである(敷地はその後逐次買収)が、右建設行為が不法行為になるか否かという観点でものを考えるとき、その行為が土地所有権に基づいてなされると土地賃借権に基づいてなされるとでその間なんらの差異はなく、賃借権に基づく行為もなんら不法ではないと考えられる。けだし一定の利用目的のためには土地所有権を行使することが鉱業権の不法侵害にならない場合においては、所有権者が自らその権利を行使しても、また、しからずして賃借人が土地所有権者から授権を受けてそれを行使してもその間不法、合法の点について両者相異のあるべき道理は存しないからである。(本争点の帰結は、ひつきよう土地所有権よりも後日に成立した鉱業権がその時の状態を基準にして所有権に対しその行使の不可侵を主張し得る時期を鉱業権設定の時とみるのが相当か、鉱業権行使の時とみるのが相当かという点にかかつているものと考えられるが、国の主張は鉱業権行使の時をもつて右の判断の基準時点とするのが相当であり、したがつて本件鉱区上の土地所有権を飛行場等の設置のために行使することは適法であるから、所有権者から授権を受けた賃借人として右の行為をしてもそれも亦適法でなければならないとするものである。)
(四) なお、仮りに本件飛行場および附属施設の設置維持により「長期にわたり継続」的に採掘を不能にしたことが不法行為となるものとすれば、その不能は遅くも昭和二七年に日米安保条約に基づき本件飛行場を駐留軍施設として完成させたときに確定し、かつ、その損害額は鉱業権の時価と同視し得たものである。したがつて、昭和二九年には本件鉱業権は既にその鉱区の一部が確定的に採掘不能であつたものであつて、原告が同年に譲り受けた鉱業権は始めからそのような実体の権利に過ぎないから、その後に、改めて同人に右一部採掘不能によるなんらかの損害の発生する余地はないとともに、他方右損害に関する損害賠償請求権は、当時鉱業権と別に昭和二七年当時の鉱業権者(佐伯実)の許に生じていたものであり、かつ、その権利は、前記工作物の設置は同人の当時これを知り得たところであるから、遅くも昭和三〇年末頃には時効により消滅したものである。
第二、
一、福岡通商産業局長が、本件鉱業権につき減区処分しないことについて国に損害賠償責任は無い。
(一) 原告は、福岡通商産業局が本件鉱業権について鉱業法第五三条の二の補償をする義務がある旨主張されているが、失当である。右の補償は同法第五三条の処分により鉱業権の全部又は一部を消滅させた場合にそれに因り生じた損失についてなされるものであるから、本件鉱業権についてかかる処分がなされていない以上国に原告主張の損失の補償をなすべき義務は生じ得ない。なおそれについて原告は本件の場合福岡通商産業局長に減区処分をする義務がある旨主張されているが、同局長にそのような義務はない。減区処分は鉱物の掘採により、公に放任できない性質の加害を生ずる場合にその掘採による被害を防止するための必要により敢えて鉱業権を一部消滅させるものであるから、通商産業局長は右必要のある場合に公に右処分をなすべき責務はこれを負うとしても、権利を剥奪される立場にある鉱業権者に対する関係でかような処分をなすべきいわれはない。
(二) なお、鉱業法第五三条の処分は、同条明記の要件の具備した全ての場合になされるべき筋合のものではない。けだし、土地所有権等の権利ないしその行使と鉱業権ないしその行使との間の優劣は実体的に定まるものであつて、互の権利が適法に行使できるかどうか、および、互の権利の行使により損害賠償請求権が生ずるかどうかは、その実体的関係により処理されるべきものであり、このように当事者間で処理されるべき場合について鉱業法第五三条の処分のなされる必要はない。そのような場合には相手権利により適法に直接の損害又は権利行使不能による損害を受けたとする鉱業権者はよろしくその相手権利者との間で問題の解決を図るべきものであり、又それにより満足を受け得べきものであつて、鉱業法第五三条、第五三条の二の適用が無くてもなんらその権利救済に支障のあるべきものではない。(逆に当事者間で権利救済を受け得ないような鉱業権について右規定の適用による補償を期待するとすればそれは不当、不合理であろう。)すなわち右処分は鉱業の実施により不特定多数の者の利益が侵害され、当事者間の交渉や権利行使では解決できない場合に、公共の福祉の見地から強権をもつて鉱業権の行使を抑圧するために認められたものであつて、本件のごとき当事者が特定されていて、強権介入の必要の無い場合に備えたものではない。
(三) 本件施業案不認可は不法行為を構成しない。
福岡通商産業局長は、原告提出の昭和三一年九月一〇日付の本抗(ワラジ層)施業案(本件飛行場滑走路地区の地下の施業案)認可申請を昭和三七年二月一五日鉱害のおそれあるとの理由によつて不認可としたが、これはつぎの理由により正当である。
鉱業権は、鉱業法に基づく権利であるが、同法は鉱物の合理的開発の見地から鉱業権を認める他面、鉱業権の行使による地上権利者に対する加害を慮つて鉱害についての無過失賠償責任を認め、また、施業案については、予め認可を必要と定めており、さらに関連法律たる鉱山保安法は鉱害防止のためには施業案中保安に関する事項の変更を命じうるものと定めているが、これらは鉱業権が本来「鉱物自体」について、それを掘採し取得することを許されただけの権利であつて、進んで右掘採作業のために当然に他人の権利を侵害し得る機能を含むものではないということに基づくものであると考えられる。そこで施業案不認可の事由について法律上明文は無いけれども、鉱業権の行使によつて生ずる地上の権利者の利益の侵害が鉱物資源の開発とにらみ合せて社会通念上当然忍受し得る程度であり、かつ、その損害が後日回復可能であると認められる場合は格別、地上の権利者に忍受し難いまたは回復困難な損害を与えるような場合においては、その掘採は特別の事情のない限り不法性を帯びるものであり、したがつて保安に関する事項の変更によつて当該鉱害を防止し得る場合通商産業局長は鉱業権者に施業案認可申請の段階であればその変更を指導し、鉱業権者がその変更を肯じないときはその申請を不認可とすべく、また、はじめから変更により改善の余地のない場合は直ちにその申請を不認可とするのが相当であると考えられる。この場合に施業案の審査では改善の余地がある場合にその改善の余地のある限度で改善を要請し得るに止まり、いやしくも改善の余地がないときは鉱害の如何にかかわらずその案を認可しなければならないものとの解釈をとれば、通商産業局長は特にその施業案が公共の福祉に反する場合に限つてこれを防止することができるに止まり、かつ、その防止のための措置は施業案不認可によることは許されず、鉱業法第五三条の処分によらなければならないと解釈することになろうが、これは改善の余地不存在でさえあれば、公共の福祉に反するという特別重大な結果が見込まれるのでない限り、鉱業権の行使により他の権利を自由に侵害することができるという鉱業権を絶対視する考え方を前提とするものであつて、到底これを穏当な解釈ということはできない。(鉱業権は、権利として他の侵害行為から保護されるべきであるが、その範囲、程度は、前示第一の問題の帰結によつてこれを考えるべきものであつて、鉱業権が他の権利による権利行使の抑制を度外視した内容においてその利益の実現を保障されているものと考えるべき理由はない。そして鉱業権の行使が既に地上権利者に対する関係で実体的に許されない筋合にある場合においては、その鉱業権に基づく施業案を通商産業局長が不認可にしてもこれによつて鉱業権についてことさらなんらの損害の生ずべき理由もない。)
福岡通商産業局長が右申請を不認可とし、また、その以前において、原告の認可申請にかかる施業案につき破断角線を基に施業案の範囲の減縮を行政指導したのは、いずれも原告の施業案をそのまま実行すれば本件飛行場又はその附属施設に社会通念上受忍すべき範囲を超える鉱害の生ずることがまことに明白であつたからであり、したがつて右不認可処分等には違法な点も不当な点もない。(原告においてあくまでも右施業が現実に許されるべきものであり、したがつてそれを認可しない右処分が違法であるとするのであれば、行政訴訟によりこれを争うのが相当ではないかと考えられる。)と述べた。
立証<省略>
理由
一、原告が本件鉱業権を取得した経緯、本件鉱区の各施業案の申請、認可の経緯、本件鉱区における地上施設、板付飛行場の接収の経緯(但し接収の日時を除く。)等、昭和三〇年二月二一日付申請施業案に対し、福岡通商産業局から文書ならびに口頭の指示により内容の一部修正を命じ、これが認可を保留し、修正に応じた施業案を認可した経緯、昭和二七年一〇月一日付認可施業案につき、その採掘計画のうち、地上米軍施設に対する五五度破断角線内について採掘禁止を指示した経緯、昭和三一年九月一〇日付原告申請の施業案に対し五年余に亘り認可を保留して不認可にした経緯、井野五尺層の採掘に関する施業案の認可に至るまでの経緯、原告が本件鉱山を閉山した経緯、福岡通商産業局長が本件鉱区に不可採掘区域を設定した経緯、本件鉱区に対する原告の補償要求の経緯等についての当裁判所の判断は原審判断と同一であるから原判決理由摘示第一の一ないし三(原判決六四枚目表二行目「一争いのない事実」以下七一枚目裏一行目「ある」まで)の記載をすべて引用する。
二、そこで被告国が原告に対しその主張の如き損害賠償の義務を負担するものであるかどうかについて検討する。
(一) 鉱業権は土地内に存する法定の鉱物を掘採する物権であつて、土地所有権とは別個独立の権利であることはもちろんであるけれども、それは元来土地内に存在する鉱物をその対象とするものだけに、その行使にあたつては他人の土地所有権を侵害することのないように留意すべきことも当然である。もとより土地所有権の範囲が地上地下に及ぶといつても、その行使に支障を及ぼさない程度の深度における鉱業権の行使は、土地所有者といえどもこれを阻みえないものと解さなければならない。しかし、土地所有者の合理的土地利用に障害を及ぼすべき鉱物の掘採は、土地所有者の承諾をえないかぎり鉱業権者といえどもこれをなしえないものと解すべきである。このことは、ほとんど説明を待たぬ自明の理であるが、鉱業法第二五条の規定の趣旨からもこれを窺うことができる。そもそも、鉱業権も一の権利であると同時に土地所有権も同様に一の権利であつて、その間に優劣の差は存しない。それ故に、前者の権利は後者の権利を侵害しない限度においてのみその行使が許容せらるべく、その行使により後者の権利を侵害すべき場合には、その権利者からその許容、すなわち土地利用の権利の設定をえなければならないのである。だが、ここに一応留保すべきは、国が土地を所有している場合である、土地所有者である国がその土地の範囲に鉱区を設定して鉱業権を付与した場合には、当然に鉱業権者にその土地の利用を許諾したものと解すべきであるから、特段の事情がないかぎり国はその土地の利用を妨げられるとして鉱物の掘採を禁止することはできない。そして、このことは鉱業法第二五条の規定からも窺われるところである。
(二) しかし、国が鉱区の範囲に土地を所有し、またはその使用権を有する場合に、無制限に土地の利用を阻まれると解することはできない。まず、国は土地の所有または使用権者として鉱業権の行使を妨げない限度において、自由にこれを利用することができる。次に、国は公共の福祉に奉仕するため土地を利用すべき場合には、国家存立の意義からみてむしろ土地利用の責務を負うものと解してよく、この場合には鉱業権を侵害する結果を招来してもその利用行為は鉱業権者に対して不法行為を構成しないと解すべきである。このことは、すでに公共用施設のある土地の範囲を鉱区として設定された鉱業権の場合に明らかであるが(鉱業法第五三条)、鉱区設定後当該土地を利用すべき場合においても理において異るところはない。前叙のごとく、鉱業権の行使は土地所有者(土地利用権を有する者を含む)の合理的土地利用を妨げない限度においてのみ許容されるものであり、国が土地上に公共用施設を設置することは、その責務上土地を合理的に利用するものと目するを当然とするからである。もとより、いかに国が公共用施設を設置するためとはいえ、すでに設定されている鉱業権の行使を侵害してよいということはなく、したがつて、その施設設置により鉱業権の行使を阻む必要があるとする場合には、右の第五三条の趣旨に従い国は鉱区の減少または鉱業権取消の措置に出で、同法第五三条の二により鉱業権者に対してこれによる損失を補償すべきものと解するを妥当と考える。被告は、土地所有権と鉱業権との各行使間の優劣はその実体関係により定まり、互の権利の行使により損害賠償請求権が生ずるかどうかは、その実体関係により処理さるべきであつて、このように当事者間で処理さるべき場合には、鉱業法第五三条、第五三条の二の適用はないと主張するけれども、首肯しえない。もとより、国が土地の所有権者または利用権者である場合には、個人たる第三者が権利者である場合と異り、鉱業権者に対し土地利用に関する権利を設定して自らの合理的利用を自制すべき義務を負担しているわけではないから、その合理的利用に関するかぎり、これにより国が鉱業権者に対して損害賠償義務を負担することのないことは当然である。しかし、それだからといつて、国はその合理的利用たることに藉口し、鉱業権の行使を無条件に阻みうるものと解することはできない。鉱業権の設定当時その鉱区内の土地が通常の建物その他の工作物の設置または農耕植林等に利用されているにすぎない場合には、鉱業権者に対しその利用を妨げない限度において自由に鉱物を掘採しうることの期待を抱かせたものというべく、したがつて、その後その土地を飛行場等異常の施設用に利用するため鉱物の掘採の中止または制限を求めざるをえなくなつた場合には、その理由がいかに土地の合理的利用にあるにせよ、一応許容されていたと認められる掘採の中止または制限を求めることに帰するから、その中止または制限をもつて不法行為というをえないとしても、これによつて被る鉱業権者の損害は国においてこれを填補すべき責に任ずべきものといわなければならない。鉱業権を与えて当初その掘採の可能性を認めておきながら、その後なんらの補償なくその実施を許容しないということは、国がいかにその実施前に土地の利用に着手したからといつても許さるべきものではないと思うのである、そしてこの補償の根拠は、正に前示第五三条、第五三条の二にこれを求めることができると解する。しかし、いずれにせよ、国が鉱区上に公共用施設を設置し、その施設に損害を与えるとして鉱業権の行使を阻んだとしても、その行為を目して鉱業権者に対する不法行為というをえないのである。
(三) 以上のことは特に本件のごとく、鉱業権者が鉱業権の取得後長期にわたつて鉱物の掘採に着手することなくこれを放置し、その間に国が戦時目的のため次いで戦後連合国軍による接収のため鉱区上の土地を買収してこれを飛行場とし、講和発効後さらにその設備拡充のため隣接の土地を賃借してこれに付属設備を施し、ために鉱業権者がその施業案につき認可をえられず、ついに鉱物の掘採を不能ならしめられた場合にも妥当する。鉱業権者は鉱業権の設定登録を受けた後六ケ月内に施業案の認可を受けて事業に着手しなければならないのであつて、その期間を徒過した場合には鉱業権を取り消されてもやむをえない(旧鉱業法第六二条、第六三条、第五五条第一号)のであるから、本件のごとく鉱業権の取得後(試掘権は最長六年の存続期間が認められるだけであるからこれを措く)一〇数年の長期にわたつて事業に着手しないような場合には、国において特に鉱業権を取り消さなくとも、そのやむをえない目的のため土地を買収もしくは賃借して、使用し、その後の施業案の認可申請を土地の使用に障害を与えることを理由として不許可としても、これをもつて鉱業権者に対する不法行為を構成するものということはできない。国が戦時目的のためまたは占領軍の接収もしくは平和条約により土地の所有権その他の利用権を取得し、これに飛行場施設を施すことは、そのやむをえない事由によるものと認むべきこと当然である。この場合国はもとより鉱業法第五三条、第五三条の二の趣旨を推して鉱業権の取消または減区処分をし、これによる損害を鉱業権者に対して補償すべきである。財産権を補償なくして滅却せしめることは、国といえども許されないとするのを憲法の精神とするからである。
(四) 本件の鉱業権の設定と板付飛行場の設置との日時関係は被告国の主張するとおりであつて、本件鉱業権の設定後一〇数年の間施業案の許可申請がなく、その間国は戦時目的のため次いで連合国軍の接収により鉱区内の土地を買収して飛行場を建設あるいは拡充し、その後鉱業権は転々し、その間一部事業の着手があつたものの昭和二九年七月一二日原告が本件鉱業権を譲り受けた当時はすでに飛行場およびその付属施設が完成して、略々二年を経過し、その前年には原告の前主佐伯実も一たんは一部鉱業中止届を提出した(二月足らずでその取下をしてはいるが)状況下にあつたのであり、したがつて、原告の譲受対価も僅かに六〇〇万円程度にすぎなかつたのである(原審における第一審原告本人尋問の結果)。以上の事実は、原告が本件鉱業権の取得当時すでに国有の飛行場施設が完成し、その使用に障害を与えるおそれのある施業案の認可を受けることが事実上不可能であることを知悉し、さればこそ本件鉱業権を安価で取得したことを示している。それ故に、原告としては本件鉱業権を行使しようとするにあたつては、いやしくも飛行場施設に損害を与えないように留意すべく、したがつて、その施業案の認可申請をするに際しては鉱物を掘採しても確実に飛行場の使用に障害を与えることのない程度の施業案によるべきを当然とし、その使用に障害を与えるかどうかを顧慮することなく、鉱業権の完全実施を目睹する施業案の認可申請をすることは許されないものといわなければならない。そして、原告の本件鉱区における施業案が確実に板付飛行場の使用に影響を与えないという資料はなんら存しないところである。とすれば、原告の提出した施業案の認可申請が板付飛行場施設に損害を及ぼすおそれがあるとして不認可となつたことを理由として、国に対し不法行為による本件鉱業権の全価値に相当する巨額の損害賠償の請求をすることは、むしろ権利の行使に藉口するものであつて、権利の濫用というのほかはない。
のみならず、元来原告が取得した本件鉱業権は、その取得当時すでに飛行場の設置により少なくとも事実上鉱物の掘採を制限されるほかない状態にあつたものであり、したがつて、その価値はその制限を前提としたものにすぎず、その制限による価値の減少を理由とする損害賠償請求権(仮りにあるとしても)または補償請求権は飛行場の設置当時の鉱業権者に属し、当然には原告に承継されない理である。原告が本件鉱業権を安価で取得したのもそのためと思われる。それ故に、板付飛行場の設置により当時の鉱業権者が鉱業権の価値を減損したとして、国に対して損害賠償(もしありとすれば)または補償の請求をするのは格別、すでに掘採の制限されるべき状態にある鉱業権を取得したにすぎない原告は当然には本件鉱業権の制限前の全価値を基準として損害賠償または補償の請求をすることをえないものといわなければならない。
(五) 原告は福岡通産局長に対して補償の要求をしたが、炭量補償についてはその要求を容れられなかつたことが明らかである。しかし、補償の請求に対する福岡通産局長の処分を不当とするときは、原告は国に対して鉱業権の消滅または減区処分およびその補償を求めるか(鉱業法第五三条の二第四項)またはその却下処分の取消を求める訴を提起することができる理であつて、国が補償義務を尽さないからといつて不法行為による損害賠償の請求をなしえないことは当然である。本件においては前説示のとおり、原告において通産局長に対し本件鉱業権の取消または減区処分を求めるとともにその補償の請求をすべき場合に該当するから、原告としてはその方法をとれば足りると考えるのである。
三、以上の理由により原告の本訴請求ならびに附帯控訴にかかる請求は、その余の判断を待つまでもなく失当であるから、昭和四一年(ネ)第一五九一号事件の控訴は理由があるので原判決中控訴人敗訴部分を取消し、被控訴人の請求を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条第八九条の規定を適用し、昭和四一年(ネ)第一六〇六号事件の控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条の規定を適用し、夫々主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 岡田辰雄 裁判官 麻上正信)